適格請求書等保存方式に病院やクリニックはどう備えるべきか?

 

※最終更新日2020年4月30日 全体像を見やすくするためにQ 26と合体して整理し直しました。

前回Q24「区分記載請求書等保存方式は病院・クリニックでも必要か?」では、消費税10%の増税とともに始まった「区分記載請求書等保存方式」を解説していきました。

期間は令和元年10月1日から令和5年9月30日までの4年間です。

それでは、令和5年10月1日からはどうなるのでしょうか?

それが今回の「適格請求書等保存方式」です。

従来の区分記載請求書に、発行者の「登録番号」も記載しなければならなくなります。

形式的には、ただそれだけの話です。ところが、内容的には大きな違いが出てきます。

「適格請求書等保存方式で、医療経営はどう変わるの?」

そんな先生の疑問にお答えします。

※この記事は次の人にオススメです。

適格請求書等保存方式について知りたい人

適格請求書等保存方式に向けて、医療経営にどう影響するのか押さえておきたい人

仕入税額控除ができず、納税増に!

消費税の計算の仕組みは、以前にこのブログでもご紹介してきました。(※Q1消費税の損税問題をご覧ください)

消費税は売上にかかる消費税から仕入にかかる消費税を控除して、残った金額を納付します。

この仕入にかかる消費税を控除することを「仕入税額控除」と言いますが、この適格区分請求書を発行する事業者への支払いのみ、控除ができるようになります。

逆に言えば、適格区分請求書を発行しない事業者への支払いは仕入税額控除ができず、結果的に、納税額が増えてしまいます。

世の中の動きとして、どうなるでしょうか?

適格区分請求書を発行できない事業者は、商取引の相手にされなくなることが予想されます。

よほど、独自の商品・サービスがあれば、納める消費税が増えても取引しようと思うかもしれませんが、同じような商品・サービスであれば、確実に適格区分請求書を発行するところと取引をするはずです。

適格区分請求書を発行しない事業者とは

それでは、適格区分請求書を発行しない事業者とは、どんな事業者でしょうか?

それは、免税事業者です。

前々期の課税売上高が1000万円以下となる小規模な事業者は免税事業者となり、消費税を納める義務はありません。

そのため、売上にかかる消費税から仕入にかかる消費税を控除して、残りがあっても、納める必要はなく、自分のものにすることができました。(「益税」と言います)

ところが、この区分記載請求書等保存方式では、免税事業者は相手にされなくなる可能性が高いわけですから、自らの意志で課税事業者となり(届出を出せば売上高を問わずなれる)、再び商取引の相手にしてもらおうとする動きがでると予測されます。

つまり、手元に残ってもらっていた「益税」を国に納付することになります。

国にとっては、かなりの税収の増加が見込まれます。それがこの制度の狙いです。

病院やクリニックはどう対応すべきか

まず、仕入先や支払先の中で、免税事業者がないか、ピックアップをしてみてください。

前々期の課税売上高が1000万円以下であれば、免税事業者なのですが、もちろん、相手の売上状況は分からないと思います。

この制度が始まる令和5年10月1日以降は、受け取った請求書に登録番号が入っていれば、それは課税事業者である証拠です。

入っていなければ、免税事業者ということになり、仕入税額控除ができず、消費税の納税上、不利になります。

特に、大きな金額を支払う先や取引頻度の高い先であれば、取引先の変更も検討すべきでしょう。

逆に、令和5年9月30日以前はどうしたら良いでしょうか。

それまでは、これまで通り仕入税額控除ができますので、税計算上不利になることもありませんので、大丈夫です。

ただ、明らかに事業規模の小さそうな取引先は、免税事業者である可能性が高いですので、年間の取引金額がそれなりになるのであれば、代わりの取引先の目星をつけておいても良いかもしれません。

病院やクリニック自体が免税事業者であったらるどうすべきか

ここからは、逆の立場で、皆さんが免税事業者であったら、どうすべきかということを解説していきます。

その場合、道はふたつです。

免税事業者のままでいるか、課税事業者の届出を出して、自らの意志で課税事業者になるか、のふたつになります。

(1)免税事業者のまま

メリット

当然、消費税を納めなくて良いというのが唯一ににして、最大のメリットです。

デメリット

「お金を支払ってくれた売上先」で、消費税の計算上、課税仕入れができず、納税増になってしまいます。

当然、売上先では納税増を嫌って、「別の病院・クリニックへ行きます」という話が出てくると思います。

それでは、実務上、「病院にお金を払ってくれる売上先」とは誰でしょうか?

患者さんは保険診療であれば、そもそも消費税はかかっていません。

自由診療収入であれば、消費税はかかっていますが、事業者ではないので、納税義務はなく、関係ありません。

関係するのは、会社や個人事業主です。具体的には、会社の産業医などです。

産業医先の会社では、病院に払ってくれた費用が消費税の計算上、考慮されず、納税増となります。

当然、「別の病院に・・・。」という話も出てくると思われます。

課税事業者になるという選択

(2)課税事業者になる

メリット

これまで通り、病院にお金を払ってくれる売上先において、消費税の計算上、考慮されますので、納税額が増えてしまうこともありません。

具体例であげた産業医の契約も、変更なく続くでしょう。

デメリット

課税事業者になるわけですから、当然、消費税の納税義務が発生します。

現状の経営成績でどれくらいの納税額になるか、シミュレーションをしてみると良いと思います。

原則として、「課税事業者選択届出書」を提出することによって課税事業者になれますが、この制度がスタートする令和5年10月1日を含む課税期間中であれば、この届出書を提出することなく、登録を受けることができるという誘導措置が設けられています。

【このブロックのまとめ】

判断基準として、(1)免税事業者のままでいる場合と(2)課税事業者になる場合のデメリット同士を比較して、金額ベースで比較してみるといいと思います。

免税事業者のままでいることで喪失しうる産業医などの収入と、課税事業者になることで発生する納税額を比較してみると、金額ベースの具体性のある判断基準が生まれると思います。

金額の試算自体は簡単に出来ますので、医療専門の顧問税理士にご相談いただくと良いと思います。

まとめ

この「適格請求書保存方式」は表面的には、従来の請求書に課税事業者を意味する登録番号が入るだけですが、仕入税額控除を認めなくするという外堀を埋める形で、免税事業者から課税事業者への大量移動を促す狙いがあります。

これにより、国の税収はかなり増えると見込まれます。

まだ4年間の猶予がありますし、開始してもいきなり全額控除できなくなるのではなく、80%〜50%は控除OKという段階的に控除割合が下がっていく形で適用がスタートする予定です。

そうしたこともあり、緊急に対応を要する必要はありませんが、病院・クリニックとしても、まずは、制度の内容と趣旨を理解し、準備を進めるようにしましょう!