病院・クリニックでキャッシュフロー計算書をどう活かすか?Q16
(最終更新日:2020年4月13日 情報を網羅するためQ16〜18はひとつにまとめて、再構成しました)
現行の会計基準においては、キャッシュフロー計算書は監査義務のある医療法人を除き、作成義務はありません。
にもかかわらず、資金繰りについてご相談のないお客様はいらっしゃいません。
ここに、大きな矛盾があります。
そのため、作成義務がない場合であっても、資金の出入りや発生要因など、貸借対照表や損益計算書にはない重要な機能を持っていますので、必ず作成するようにしましょう。
この記事は次の方にオススメです。
・過去や現在のみならず、将来の病院や資金繰りが気になる方
・経営成績は悪くないはずなのに、なぜかお金がたまらない方
・病院やクリニックのお金の流れを見えるようにしたい方
・適正な設備投資の範囲や返済できる借入金額を知りたい方
利益=貯蓄額ではない
まずは、基本から入っていきましょう。
損益計算書は、「売上ー費用=利益」を求めます。
ただし、売上には現金回収できてない医業未収入金が含まれますし、費用には現金支出のない買掛金や未払金を含みます。
つまり、利益は現金・預金の残高と一致しません。
一般の会社では、大きな売掛金があり、大きな利益が出たものの、結果的に、売掛金を回収することができず、資金が回らなくなることがあります。
これを「黒字倒産」と言います。医療機関の場合、売掛金に相当するのが医業未収入金であり、社保や国保の請求金額が大部分を占めます。
そのため、回収不能になることはなく、黒字倒産のリスクは非常に少ない業種と言えます。
そのために、義務化されていないという側面もあるのですが、キャッシュフロー計算書にはもっと大切な機能があります。
病院・クリニックが重視すべき機能とは?
病院・クリニックが重視すべき機能とは、「3つの区分による管理」です。
(1)営業活動によるキャッシュフロー
「本業でいかに稼いだか」というものです。下記の3つの合計からなります。
①営業損益
②営業活動に係る債権・債務
③投資・財務活動以外の取引
「病院・クリニックを経営して生まれたお金はどれくらいなのか」という最も大事な区分です。
ここが大きくプラスになっていること、それが第1歩です。
(2)投資活動によるキャッシュフロー
「本業以外でいかに資金運用したか」という区分です。
本業でお金が貯まれば、それを設備投資に回すこともあるでしょう。
逆に、本業でお金が貯まらなければ、所有資産を売却して換金することもあるでしょう。
そうした資金運用の結果を表します。つまり、「設備投資が過大にならないか」という経営判断する上での判断材料の一つになります。
形式上は、資金の貸付と回収もこの区分になりますが、医療法人は基本的に資金貸付に制限がありますので、実務上は設備投資の区分として抑えておきましょう。
(3)財務活動によるキャッシュフロー
「本業以外でいかに資金を調達したか」を表します。
具体的には、借入とその返済を表します。営業活動のキャッシュフローがマイナスであれば、運転資金の借入が必要になりますし、営業活動のキャッシュフローがプラスでも、それ以上の投資活動をする場合には、設備投資の借入が必要になります。
つまり、お金の借入・返済状況の管理は必須であり、「借入過多にならないか」「毎月返済できる金額はどれくらいか」という経営判断をする上での判断材料のひとつにもなります。
形式上は社債や株式発行なども対象になりますが、これらのケースは相当限られますので、実務上は借入の区分として抑えておきましょう。
【このブロックでのまとめ】
まず、3つの区分の特徴を抑えましょう。
最も大切なポイントは、「営業活動の区分の合計がプラスになること」です。
ここがマイナスになってしまう場合、損益計算書の当期純利益も赤字の場合がほとんです。
「本業できっちりお金を貯め、それを設備投資と借入返済へ回す」
これが基本形です。その上で、「借入をして設備投資をし、利益を生んで本業でお金を貯める」という逆回りも成立します。
キャッシュフロー計算書で出た結果を経営にどう活かすか
ここからは、キャッシュフロー計算書をどう経営に活かすかを考えていきましょう。
キャッシュフロー計算書の【目の付け所】を押さえることがポイントです!
(1)事業活動によるキャッシュフロー
1番大切な本来の医業活動から生まれたお金です。
合計値がプラスであることを真っ先にチェックしましょう。
もし、マイナスであれば改善が必要です。
①医業収益の改善
②医業費用の削減
当たり前なようですが、事業活動から生じたキャッシュをプラスに持っていくには、この2つの方法しかありません。
つまり、利益を出すこと、これが最短ルートです。
医業利益は黒字か?経常利益は黒字か?税引前当期純利益は黒字か?
各利益にはそれぞれ意味があります。詳しくは、過去のブログ「医療機関の財務諸表はここを見る!〜損益計算書編〜」をご覧ください。
(2)投資活動によるキャッシュフロー
こちらの合計値は、マイナスでOKです。
設備投資などを表しますので、プラスの場合には所有資産を売却したことなどを意味します。
その理由を確認しておきましょう。
実務上のポイントは、先程の事業活動によるキャッシュフローがプラスで、投資活動によるキャッシュフローがマイナスとなり、合計した金額がプラスになっていることです。
この合計を「フリーキャッシュフロー」と呼びます。
「本業できちんとお金が貯まり、その範囲内で投資にもお金が使えている」という理想的な状態です。
逆に、下記の2パターンの場合には、注意が必要です。
①事業(プラス)+投資(マイナス)=合計(マイナス)
惜しいのですが、最後の合計がマイナスになってしまっています。
つまり、本業で貯まったお金以上に投資にお金が回っていますので、手持ちのお金から補填しているか、借入で補っている状態ですので、過大投資になっていないか、注意しましょう。
さらに、借入金がある場合には、返済原資がないこと意味しますので、本業で生まれたお金に対する「投資」・「返済」のバランスを整える必要があります。
②事業(マイナス)+投資(プラス)=合計(プラス)
最終合計がプラスになっていますので、お金自体は増えているのですが、その発生原因が問題です。
本業でお金が貯まっていない状態を設備投資の売却で補っている状態です。
当然、所有資産には限りがありますので、いつまでも使える方法ではなく、早急に本業の改善が必要となります。
(3)財務活動によるキャッシュフロー
財務活動として、借入を返済していくことが前提となりますので、合計値はマイナスでOKです。
プラスの場合は、借入してお金が増えたことを意味します。
借入が多すぎないか、確認できます。
当然、その後返済していくことになりますので、事業活動・投資活動の2区分との関わりが大切になってきます。
①事業(プラス)+投資(マイナス)の場合の借入
設備投資をするための借入になりますので、将来的に設備投資を通じて、お金が戻ってくることが期待されます。
あくまでも設備投資の借入ですので、返済期間も長く設定でき、キャッシュフロー計算書上のバランスも取れている状態です。
②事業(マイナス)の場合の借入
事業のマイナスを補うための借入になりますので、事実上の運転資金のための借入と言えます。
返済期間も短く、将来のための投資ではありませんので、運転資金でお金を回している間に、本業の改善が必要です。
【このブロックでのまとめ】
キャッシュ・フロー計算書の優れたポイントは、そのお金の生まれた要因別に把握できるところです。
「事業」・「投資」・「財務」、各々に特徴がありますので、「プラスの場合」・「マイナスの場合」で取る対策も変わってきます。
作成義務のある医業法人はごく一部かもしれませんが、作成義務がなくても、ぜひ作成して有効に活用していきましょう。
改善すべき状態とはどんな状態か
ここからは、少し違った角度で考えてみたいと思います。
そもそも、キャッシュ・フロー計算書で改善が必要な状態とはどのような状態なのでしょうか。
もちろん、資金繰りに苦しい場合にはその実感がありますが、具体的には次の2つの状態を言います。
(1)キャッシュの残高が少ない場合
非常に分かりやすい話で、キャッシュの残高が少なければ、資金繰りに問題があります。
キャッシュ・フロー計算書を作るまでもないかもしれません。
(2)キャッシュの活用ができていない場合
キャッシュの残高はあるものの、投資活動や財務活動が大き過ぎる場合です。
過大投資や借入過多の場合です。このケースを判断するのに、キャッシュ・フロー計算書は最適です。
・現状の事業活動で生じたキャッシュに対する適正な投資活動・財務活動はどれくらいか?
・希望する投資活動・財務活動にかかるキャッシュを賄うために必要は事業活動はどれくらいか?
キャッシュ・フロー計算書のポイントを押さえるだけで、こうした判断ができるようになります。
財務分析にも使うとさらに便利
このブログでも「財務分析」のカテゴリーにおいて、貸借対照表や損益計算書を用いた財務分析の解説をしました。
同じようにキャッシュ・フロー計算書を用いて、財務分析をすることも大切です。
(1)償還年数
算式:有利子負債÷事業活動によるキャッシュフロー(年)
今ある借入金を本業で稼いだお金すべてを投入すると、何年で返せるかというものです。
事業活動によるキャッシュフローの金額次第で、その年数は大きく変わります。
つまり、現在抱える借入金と現在の資金獲得能力の最新バランスを見ることができます。
この年数が伸びていくと、それは返済が厳しくなっていくサインです。
早めにキャッチして、早めの対応を検討しましょう。
(2)収益性分析
算式:事業活動によるキャッシュフロー÷医業収益(%)
いわゆる売上のうち、何割キャッシュが残ったかと意味します。
この指標が悪化すると、「売上の伸びの割には、お金残ってないね」という状態になります。
多くの場合は、費用の増加です。
損益計算書に立ち返って、費用項目全般を見返してみてください。
また、未収金の回収は進んでいますでしょうか?
医療機関の場合はほとんが社保・国保の未収金ですから、順調に回収が進んでいると思いますが、それら以外の未収金で回収が滞っているものがあると、こうしたキャッシュフローに影響しますので、注意しましょう。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
損益計算書や貸借対照表を軽視してはいけませんが、資金繰りが判断でき、問題点の把握や経営分析までできるキャッシュフロー計算書の重要性は、どんどん増していると思います。
資金繰りを重要視していない病院やクリニックなど、ないはずです。
資金繰りを改善していくには、目標が必要です。
そこで、【事業活動によるキャッシュフローの合計額を前期より増やす】
これを目標にしてみると良いと思います。
キャッシュ・フロー計算書の最終金額は現金・預金の残高ですから、投資活動や財務活動の影響をもろに受けます。
しかし、事業活動によるキャッシュフローの合計は投資活動も財務活動も共に影響を受けませんので、資金繰り改善の第一歩としては最適です。
税理士から毎月しっかりキャッシュフロー計算書の報告と分析の結果報告を受け、目標を掲げて取り組んでいきましょう!
・併せて確認!「Q12 医療機関の財務諸表はここを見る!〜貸借対照表編〜」
・併せて確認!「Q13 医療機関の財務諸表はここを見る!〜損益計算書編〜」